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新潟地方裁判所 昭和32年(わ)223号 判決 1958年5月02日

被告人 石川長市

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は新潟県佐渡郡金井村大字貝塚五百六十八番地の自宅において、妻キウ、長男隆治、その妻キヨエ及び同人等の間の子供二人と同居し、田畑一町七反歩余を耕作して農業を営んでいたものである。この隆治は終戦後復員して以来自宅にいたのであるが、近年になつて従来からの飲酒癖が甚だしくなり、家業を抛てきして連日のように外出しては飲酒するようになつた。同人は酒癖が悪く酔うとこれという理由もないのに手あたり次第に茶碗や戸障子等を投げつけたりガラスを割つたり、被告人夫婦に乱暴したりすることがしばしばあり、最近はそれが一層昂じ、昭和三十二年八月二十四日頃には酔つて母のキウに対して殴る蹴るの乱暴を働いたため同女は医者にかからなければならなかつたし、その二日後には同じく酔つて被告人に殴りかかつたため被告人は戸外に逃げ出してようやく事なきを得た程であつた。家族の者は隆治からの危険を恐れて、夜就寝するに際しあるいは母屋の西側にある土蔵で寝起きしたり、あるいはすぐ逃げ出せるように履物を部屋の外に用意したりして、心の安まることもなく、隆治の所業には被告人をはじめ家族一同は全く困惑し切つていた。

同年八月二十七日夕刻、前日来小座敷で寝ていた隆治は飲酒のため食事もとらずに家をとびだしたが帰つて来れば例によつて乱暴を始めるに違いないとて、キウは孫二人を伴い前記土蔵で寝に就き、キヨエは同様の気持から隆治の寝室とは別の奥座敷でやすんだ。被告人も亦、「なんど」で就寝するに際し、隆治の乱暴が不安になり、台所から長さ二尺六寸位、直径二寸位の桐の棒(昭和三十二年地領第七十五号の一及び二の合したもの)を持つて来て「なんど」のふとん棚の近くに置いておいた。同日午後十時三十分頃、隆治は酩酊して帰宅し「なんど」と「おまえ」の間の障子戸を一枚「おまえ」と台所の間の障子戸を二枚とり外して、投げ倒したりして暴れながら「なんど」にいた被告人の枕もとへ来た。そして物音にふとんの上に坐つていた被告人に対し「じいさんは隠居せい」等いつて、いきなり枕を投げつけその後頭部を手拳で殴り始めた。被告人は痛みにたえかね、そばにあつた火鉢の灰を掴んで投げつけたが、なおもひるまずつかみかかつて来る隆治に対して思わず「俺を殺す気か」と怒鳴ると「おお殺してやる」というので、今夜は殺されるかも知れないと恐ろしくなり前記の棒を掴んで応戦しようとし、之を取らせまいとする隆治ともみ合つているうち、キヨエと同人から急を告げられた隣家の石川金治とがその場にかけつけ、被告人から隆治を引離し同人を「おまえ」の方へ連れて行こうとし、隆治はこの二人に両腕を押えられ被告人から見て後向きで中腰の姿勢になつた。これを見るや、被告人は隆治の先刻からの仕打ちや平生からの度重なる乱暴、さらに家族一同の困惑を想い出し、同人に対する憤懣の情が一時に爆発しこんな親不孝者は死んだ方がよいという気持になり咄嗟に殺意を生じ、前記桐の棒をとりあげてこれを振りかぶり同人の背後からその頭部を数回にわたつて強打し、さらに、これを見た右石川金治にこの桐の棒をとり上げられるや、かたわらの瀬戸の丸火鉢(昭和三十二年地領第七十五号の三)を両手に持つて同人の後頭部を強打し、よつて右暴行に基く頭蓋骨骨折及び大脳損傷等により隆治(当時四十四才)を即死させてこれを殺害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百九十九条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲で被告人を懲役三年に処するが、被告人は前示のように一時的に無抵抗の状態になつた隆治の背後から判示の凶器をもつて数回にわたつてその頭部を強打し同人を即死するに至らしめたものであつてその行為自体について見れば犯情軽くないものと言わなければならないけれども、その犯行に及んだ動機については判示のように同情すべきところが多く、また、被告人はこれまで前科もなく、温厚で純朴な農民としてひたすら家業に精励して来たものであり、既に七十才の老令に達し、日夜隆治の冥福を祈ると共に現在他に男手のない家庭においてなおその中心となつて働いていること、その他諸般の情状を考え併せると被告人に対しては此の際、特に刑の執行を猶予するのが相当であると認められるので同法第二十五条第一項により本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

なお、弁護人は被告人の本件犯行を目して正当防衛行為であると主張するが、前示のように本件犯行の際においては隆治は被告人に背後を向け石川金治及びキヨエに左右から押えられ無抵抗の状態にあつたのであるから隆治による急迫不正の侵害は存在せず従つてこれに対する正当防衛行為はあり得ないから弁護人の右主張は理由なく採用することができない。

(裁判官 堀切順 井口浩二 渡辺達夫)

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